晩秋の八ヶ岳南麓+松本の旅路4 tadokorogaro+日本料理温石 編
七ヶ月前、『tadokorogaro』は色なき色で覆われていました。十月二十五日、晩秋とは言え植物にはまだ勢いがあり色んな色で覆われています。これから起こることを想像するだけでワクワクドキドキするのです。『日本料理 温石』がOPENする日だけ掛かる表札が誇らしげに出迎えてくれました。さあ、アプローチを抜けて上がらせて貰いましょう。


野生韮の茶碗蒸し
地茸と秋茄子のおうどん ゴーダチーズ和え
甘海老のお椀 カリフラワーの摺り流し仕立て
キジハタの揚げ物 キャベツ添え
小谷野豚の燻し焼田楽ソース 馬鈴薯添え
香茸のご飯/小松菜の味噌汁/漬物三種
栗のブラマンジェ ミルク仕立て

旅仕舞い
tadokorogaroの脇に伸びる水の撒かれたアプローチを抜けました。木戸を開けて玄関口で靴を脱ぎ、準備されたスリッパで上がります。静寂に満ちた空間が出迎えてくれるでしょう。
休日の小学校のような、朝の教会のような、凛と張り詰めた空間が広がっています。緊張を解きほぐすかのように、間髪入れずに「いらっしゃいませ。」の声が優しく耳に届きます。その瞬間から温もりのある空間へと一変するのです。
どうやら予約は一組だけのようです。天候の荒れた平日の寒い昼とあって思いがけずの貸し切りとなりました。小音量で流されるインストゥルメンタルが心地好く響きわたり、澄んだギターの音色にそっと瞼を落としたくなります。
窓辺に咲く一輪の花がじんわりと胸の中で広がります。やぱり僕は日本人のようです。波打ち硝子から洩れてくるブルーグレーの光が外の景色を教えてくれます。
身体の芯に温かい季節のお茶が染みわたり、はじまりをそっと告げてくれているようです。「頂きます。」

配膳前







目で、鼻で、口で、耳で、手のひらで、五感をフルに刺激されながら季節を楽しみました。いつの間にやら雨も止んで雲と雲の合間からは、僅かながらに光も差してきました。
料理や器の突拍子もない連続質問にも嫌な顔一つすることなく、丁寧に説明して下さる奥様には感謝の言葉しかありません。勿論、心を配しながら調理して下さった旦那様にもです。笑顔の絶えない至福の二時間はあっと言う間に過ぎていきました。「ご馳走さまでした。」
tadokorogaroへ移動してご夫婦と深くお話させて頂きました。奥様の「イラストレーター 田所真理子」さんは常に朗らかで物腰やわらかく、旦那様(お名前を知りません。。)は僧侶や牧師のように思慮深く、口数は少ないものの言葉の一つ一つに重みがあります。時折、良い意味で本当に料理人なのかと疑わしくもなる程にです。松本の街に溶け込み、この土地に住むことへの気持ちが愛情としてひしひしと伝わってきました。
外から見る松本の街は、文化・芸術が薫り立つように色濃く残る素敵な街と言う印象です。ですが、内から見るとそうとばかりも言えないようです。
「一度壊してしまうと二度と元には戻らない。」何処の街にも言えることなのかも知れませんが、金継ぎのような意味のある再生法で行政も動いてくれると良いのですが。。
ここでは、フランス十九世紀のアンティーク七寸輪花皿を持ち帰りました。ご報告はまたまた次回と言うことで。

ご夫妻が正座をされて「ありがとうございました。」とお辞儀をされるうつくしい姿を見ると、いつも僕が日本人であることを再認識させられます。日本人であることが誇りと思えるような、そんな日本であるように出来ることから頑張ってみようと思います。エイエイオー
by waninogena2
| 2016-10-30 16:08
| 旅行と散歩